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福岡高等裁判所 昭和36年(秩ほ)1号 決定

抗告人 横山茂樹

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨および理由は、抗告代理人諫山博外十一名提出の抗告状記載のとおりである。

よつて本件法廷等の秩序維持に関する法律による制裁事件記録を調査するに、昭和三十六年四月十五日熊本地方裁判所は抗告人に対し、法廷等の秩序維持に関する法律第二条第一項に該当する所為があつたとして過料三万円に処する旨の決定を宣告したところ、抗告人は即日同裁判所に対し抗告申立書を提出して抗告の申立をしたが、同月十九日弁護士諫山博外十三名を代理人に選任し、右代理人諫山博外十一名は即日抗告状を同裁判所に提出して抗告人のため更に抗告の申立をしたこと、しかるに翌二十日抗告人は同裁判所および当裁判所の双方に対し、抗告人が同月十五日なした抗告申立を取り下げる旨の抗告取下書をそれぞれ提出し、又代理人等も同日熊本地方裁判所に対し代理人等が同月十九日なした前示抗告申立を取り下げる旨の抗告取下書を提出したこと、および同日更めて右代理人諫山博外十一名において同裁判所に抗告状を提出して抗告人のため抗告の申立をしたことが明らかである。

按ずるに、法廷等の秩序維持に関する法律および法廷等の秩序維持に関する規則には抗告の取り下げに関し何等規定するところがないが、同法律が、制裁を科する裁判に対し、その裁判を受けた本人に抗告することを得しめることとしたのは、もつぱら本人の利益のために設けられた制度であるから、本人においてこれを取り下げることができるものと解すべきことは疑のないところである。従つて抗告人が昭和三十六年四月二十日当裁判所に対し抗告取下書を提出してなした抗告取下はこれを有効と解すべきこと勿論である。(抗告人は別に同日熊本地方裁判所に対しても抗告取下書を提出し、同取下書は同裁判所に同日午後十一時三十分受付けられているので当裁判所で受理された抗告取下書より時間的にやや先行しているけれども、当時既に一件記録は当裁判所に送付のため発送された後のようであり、右抗告取下書が当裁判所に送付されて受理されたのは同月二十五日であるから、既に抗告取下後に重ねてなされた抗告取下というべきであり無意味である。)又抗告人の代理人等は前示のとおり同月十九日熊本地方裁判所に対し抗告状を提出して抗告人のため更に抗告の申立をなしたが、右抗告申立は、右代理人等がなした前示抗告取下(果してこれを有効と解し得べきか十分疑問の余地があるが)をまつまでもなく、前示抗告人のなした抗告取下の効力は当然これに及び取下げられたものと解すべきである。よつて進んで右抗告取下の効力について考えるに、法廷等の秩序維持に関する法律ならびに同規則にはこの点についても何等明定するところがない。しかし同法律によつて裁判所に属する権限は、直接憲法の精神、つまり司法の使命とその正常、適正な運営の必要に由来するもので、いわば司法の自己保存、正当防衛のために司法に内在する権限、司法の概念から当然演繹される権限であり、憲法のいずれかの法条に根拠をおくものではなく、従つて右法律による制裁は、従来の刑事的行政的処罰のいづれの範疇にも属しないところの右法律によつて設定された特殊の処罰であり、且つ右法律は、裁判所または裁判官の面前その他直接知ることができる場所における言動、つまり現行犯的行為に対し裁判所または裁判官自体によつて適用されるものであるので、事実や法律の問題が簡単明瞭であるためその手続は刑事裁判に関し憲法の要求する諸手続の範囲外にあるのであつて、しかも手続の迅速性が要求されるところから、普通の刑事裁判手続よりも著しく簡易化した同法律独得の簡易手続によることとされている(最高裁昭和三三年一〇月一五日大法廷決定、刑集第一二巻第一四号、三二九一頁参照)趣旨に鑑みると、右法律における抗告権はこれが取下によつて消滅するものと解するのが相当である。けだし右法律による制裁を科する手続は民事訴訟とは明らかにその目的、性質を異にするものであるから、民事訴訟法第二百三十七条第一項の規定の適用または準用ある場合とは同日に論ずることのできないことは自ら明らかであり、又被処罰者本人に対し一般刑事手続における被告人に認められた権利以上の権利を保障すべきいわれも発見できないところであつて、たゞそれが一の処罰手続に関するものである点においてむしろ一般刑事手続における上訴の取下ありたる場合に類する取扱をとることとなるのが、同法律の趣旨、性格により適合するものと考えられるからである。果してそうだとすると、抗告人のなした当裁判所に対する前示抗告取下によつて抗告人の抗告権は消滅したものと言わねばならないので、抗告代理人等の本件抗告は、なお法定の抗告期間内になされた抗告申立ではあるが、既に抗告権消滅後の抗告申立であることが明らかであるから、抗告の手続がその規定に違反した場合に該り、本申立の理由につき判断を加えるまでもなく不適法として棄却を免れない。

よつて法廷等の秩序維持に関する規則第十八条第一項により主文のとおり決定する。

(裁判官 青木亮忠 木下春雄 内田八朔)

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